映画21本目『泥娃娃: 呪いの人形』2025年公開作品
地味に普段の記事に楽しいネタがないのに気がついてしまった今日の碧です。楽しいことってなんだろう……個人的にはホラー映画は楽しいんだけれども。日々の生活として明るく楽しいネタがない(自爆)せめて温泉巡りくらい出来るくらいに元気になりたいと思う今日この頃です。さて、そんな話ここまでにして、今夜も何故か台湾ホラーです。実はこれが気になってNetflix入ったんですよね、後ONE PIECEでチョッパーみたくて(笑)その前はアマプラだけだったんですが。

台湾で2025年秋に公開されたホラー映画で、日本での劇場公開はスルーし(笑)2026年4月9日よりNetflixで配信開始。
VRを駆使した新作ホラーゲームを開発中、ゲームの舞台で使用するため過去に惨殺事件の起きた家を訪れる。順調に撮影を行う途中、撮影隊のひとりが一体の泥人形を発見。その人形を手にした瞬間から、世にも恐ろしい事件が起こり始める。
監督は「返校 言葉が消えた日」で編集を担当していたシエ・モンジュ。本作が長編映画デビューだそう。返校も見たいんですが、今のところ未観賞でした。
歌詞が不気味だと話題になった台湾の童謡『泥娃娃』をヒントに、「返校」(元はホラーゲーム)での経験を活かし主人公がゲームクリエイターに。新作のVRゲームを制作中に遭遇する事件ってところが近代的?
さて以下はネタバレを含みますので、作品未観賞の方はGO!Back!!でお願いします。それでもいいよと言う猛者の方はどうぞお進みください。ちょっとここのところアラスジ追いすぎなので、ネタバレはありの感想多めを心がけてみたいと思います!
さて先ずは本作のモチーフとなった台湾の童謡『泥娃娃』をうちの頓珍漢Geminiに翻訳して貰いました。うちのGemini、時々悪戯なのか本気で方向違いなことをするので歌詞間違ってたらごめんなさい。(だって泥娃娃の歌詞を翻訳とお願いすると、先ずは泥について語りだしますからね。)その時はここが違うよとそっとコメントで教えてください(^∧^)
泥のお人形 泥のお人形 ひとつの泥のお人形
眉毛もあるし お目めもあるけれど 瞬きはしない
泥のお人形 泥のお人形 ひとつの泥のお人形
お鼻もあるし お口もあるけれど なにも喋らない
あの子は偽物のお人形 本物のお人形じゃない
大好きなお母さんもいなければ お父さんもいない
泥のお人形 泥のお人形 ひとつの泥のお人形
私がママになってあげる パパになってあげる
ずっとずっと あの子を愛してあげる
絶妙に怖い歌詞。でもそんなことを言うと童謡って時々『こわっ!』て曲ありますよね。歌に込められた意図を知ると怖い童謡は日本にもありますしね。
物語はホラーゲームの舞台となる過去に殺人事件のあった廃屋。そこをVRに反映するためにスキャニングに訪れた2人が泥人形を見つけるところから始まる。この廃屋の持ち主は泥人形の女性作家、自宅で人形製作をしていたため窯や工房もある。因みに殺人事件の犯人は不明であり、作家自身は行方不明となって真相は今も分かっていない。それをVRゲームとして作中で解決するというコンセプト。これに関しては女性作家の妹が完全協力をしているらしい。ところがスキャンをしている最中怪現象が発生。
VRゲーム会社で働くシュチュアンは、新作ホラーゲームの開発のため、いわくつきの廃屋をVRスキャンする仕事に携わっていた。様子のおかしい同僚がその家から持ち出してきた壊れた泥人形を、資料として自宅に持ち帰ってしまう。
シュチュアンの妻ムーホアは現在妊娠中だが文化財修復の専門家。シュチュアンが持ち帰った壊れた泥人形を見た瞬間から説明のつかない執着に取り憑かれ、昼も夜も壊れた泥人形の修復作業に没頭し始める。人形が元の姿に近づくにつれて異常な現象が頻発し、ムーホアの身体はみるみる痩せ衰えていく。
追い詰められたシュチュアンは、霊媒師に助けを求めると符呪師のアセンを紹介される。アセンと共に人形の正体を調べると、台湾の古い童謡『泥娃娃』に隠された禁忌の呪い—血の供犠によって繰り返される因縁の連鎖—が浮かび上がる。
さて人形が悪さをする話は世界各国の映画にもありますね。長澤まさみさん主演の『ドールハウス』が話題になったばかり。他にもアメリカ産と言えばチャッキーやミーガン、アナベルもその一つ。ただ今回の泥人形は本体が動き回り悪さをするというよりは、どちらかと言えば『ドールハウス』の礼ちゃん人形のように悪意の受け皿である器として存在する。
泥人形を作成していた女性作家の墓地の土を使い泥を作るという行為自体が既に私には不快感MAXなんですが、元々泥を捏ねて作った人の手のかかる人形を、霊が宿りやすい依代としたのが泥人形の歌詞と共鳴して見えるわけです。
しかも妊娠していた女性作家は、土を墓地に取りに行った際に流産(これって罸があたったっていわん?)。しかも胎児を泥に練り込む姿は、大切な子供だったのは理解できるけれど、既に狂気の沙汰である。そのお陰で強力な怨霊つき泥人形が生まれてしまう訳だが、女性作家はそれに操られ夫を殺してしまったことを悔やみ自分ごと窯の奥に壁を作り自死したのが最初の事件の真相。自分で窯に入り火を入れるってバタリアンにあったよね。うん。
とはいえ怨霊は消え去ったわけではなく、今度は妊娠中のムーホアを操り泥人形の修復をさせる。しっかしこの修復がとんでもなくエグい。血を混ぜ込んで練った泥で修復するのだけど、いやいや、自分でとはいえ胸にそんなにメス刺したら死んでまうがな!しかも修復部分の赤黒さ
どう見ても異常だから!!早く気付けシュチュアン!!
後半符呪師アセンが参戦してそれを死んだ女性作家の骨に封じ込めようとするけれど、血を吸いすぎて更にパワーアップした怨霊には遺骸では力が足りない。そして、最終的な解決策は家族愛・夫婦愛、とにかく愛なのだという結論へ。
物語の前半でシュチュアンは何かあったら妻と子供を守ると宣言していた。それはよくある台詞のような気がしたし、アセンから遺骸で駄目なら生きた体を封じるための器にすると終盤に聞いた時、これは妻の体か腹の中の子供のことなのかなと実は思った。
でも結論はシュチュアン自身が器になり怨霊を封じたことで全てが収束した。その後日談の部分、この映画の肝というか、ここを言いたいがための映画だったのか……
シュチュアンの会社から届いたVRゴーグルをかけるムーホアの前には、以前となにも変わらない日常の風景の中でシュチュアンが食事の支度をし、ムーホアに向かって微笑む。抱き合いずっと一緒にいる、一緒に子育てしていくと告げてくれる夫に安堵するムーホア。
だけどその夫はVRの中の仮想現実。幻影に過ぎない
生身のシュチュアンは意識不明のまま酸素をつけてベットの上で眠り続けている。自らを怨霊の『容れ物』として人形に差し出し、生ける屍と化したから。
夫の心は確かにVR空間で生き続けているのかもしれないけれど、このままでは永久に現実世界には戻れない。それは本当に幸せなのだろうか?そしてVRの中の彼はどこまで本当に彼なのだろうか?
疑い深い私はそんなことを、ゴーグルをつけ何もない空間を抱き締めるムーホアを見ながら思ってしまう。
後ひとつ、最初の事件で夫を惨殺した女性作家の妹について。実は彼女には不可解な点が多い。姉の作品を展示する美術館を経営しているが、彼女はあの血の色で修復された泥人形を展示するのだ。それには確かに既に怨霊はいないのだけれど、最初の時点で彼女は泥人形をゲームに反映させることも許可していて、そしてどこまで知っているかは分からないけど微笑みながら血混じりの泥で修復された人形を飾る。
一応の解決を見たようで、実は肝心のところをボカしてあるのは何故なのか。もしかして妹の意図は別なところにあるかもしれないと勘ぐってしまう。
エンディングを大団円とみるか、はたまた何かの予兆ととるかは観客それぞれに解釈を委ねているのかもしれない。
いずれにせよ、最後に写ったアセンの封じていた箱の中には後二つの符呪の空間がある。もしかすれば続編もあり得るのかもしれない。
そんなわけでホラーらしいホラーとして観賞させていただきました。符呪師アセンがかっこよかったですね(笑)でも、その結末はちょっと悲しいと思ったりも
もし機会がありましたら、どうぞご鑑賞ください。
では今夜はこれにて。
皆様良いホラーな夢を見られますように