碧の日々徒然

碧の日々のことを徒然と

雑記。

ちょっと人によっては気鬱になりそうな内容なので、つられそうな方には是非とも記事をとばしてホラー映画の記事でも(そっちの方が気鬱になるって、ありゃ(笑))眺めていただけると何よりです。








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これはあんまり人に話したことがない内容。親も友人でも殆ど知らない事。











そういえば『ギッテルマン症候群』の症状の一つ低カリウムはストレスも作用すると書いた記憶がある。筋肉に関する神経伝達にも作用するカリウムは過緊張や交感神経・副交感神経等の作用でも消費されるからのようだ。

後は私自身の性質的な問題もあるのだろう。私は昨今で言えばHSPと言われるような気質だ(診断も確定も受けていないので仮としておくが)。他人の視線や意見がとても気になるし、幼い頃から大人の目を気にして良い子を演じてしまうタイプ。その癖、自分も含め間違いや不正をみてしまうと、それを許せないし、是正しないと落ち着かないという面倒くさい一面がある。


看護学生や新人看護師の現場指導なんかを依頼され、この一面は人によっては凄く面倒な相手だったろう。ただ看護学校の先生達には授業で教えるべき事を実践を交えながら指導するので、密かな人気だったらしい。碧さんが指導なら大丈夫みたいな。


(看護学校の先生から『次の実習の学生Aはメンタルです、お願いします』と言われ、はい?それは学校側がなんとかしてくれませんか?と思ったことがある。学生のメンタルケアまで仕事の合間に出来んわ!(笑)

ついでに言えば、『次の実習後産休にはいる学生です』も結構困った。じゃその子は何をどうしろと?!受け持ちさせらる患者さんは基本介護度4か5の寝たきり状態ですよー、そのレベルの人しかいない病棟だったんだもの。)


病理や技術等を明後日までに調べてレポートにして提出を指示して、私自身も仕事をしながら相手と同様の勉強やレポートを作成しておく。別に相手をやり込めるとかそういうつもりではなく、ただ単に正しいことを正しく覚えて説明できることが指導側は当然で、相手にも正しく記憶し活用して欲しいから。


自分で言うのもなんだが、後から考えれば有難いかもしれないが、当たった時点でみたらとっても煩くて面倒くさい。


まぁ後年知った私の指導用資料レポートがコピーされて後々の後輩たちにまで回されていた時には流石に笑った。たまにWikipedia参照って堂々と書いてレポート出してくる学生よりはいい、でもちゃんと理解して使ってね(笑)と。

まぁそんな気難しい一面も昔からのもので、そこまでやっていても自分がちゃんと出来ているか常に不安だった。多分そこら辺が自分の歪みで、だから上手く出来てない気がする。

毎日毎晩朝から寝るまでの事を1から振り返り、あそこはこうするべきだった、こうしたら良かったと毎日寝る時間を削って反省会を繰り返した。


常に上手くやれないと不信感しかない自分の事が好きになれず、その上不定愁訴も多い


(かといって『ギッテルマン症候群』の発作以外、職場のスタッフに頭痛や倦怠感を訴えたことは実はない。私がそれを訴えるのは基本親だけ。でも、子供の頃から聞いている親は気にするわけではなく大概『またか』と言うだけ)


だからというわけではないが、昔は


私が世の中で一番嫌いなのは自分自身だった。


常に何処かにいきたい・消えてしまいたい、そんな風に思いながら生きていたと思う。それは勿論仕事だけでなく生活全般に向けての思いで。

一度は結婚もしたが結婚自体が、普通の人間ならする筈という理由が大きかったと思う。だから本心から結婚した相手を好きではなかった事は、今はちゃんと理解している。そして結婚と言う歪んだ理想像を求めすぎたので、結果私自身が完全に瓦解した。


今ならモラハラ・DVなんて表現ができるのだけれど、当時はそんな風な風潮はまだなかったしね、


今なら自分を理解したから分かる。

好きだったつもりなのだが、本当にそうかと問われると実は分からなかった。実は正直なことを言うと『人を好きになる』という感情が私にはちっとも分からないのだ。


ちゃんと好き・好ましいと思う友人はいる。


でも、恋愛という感情は相手が誰だろうと男女問わず理解できない。男女の美醜が余り理解できてないのと、今の世の中の推しとか言う感情が全く理解できない。読書をしたり映画の中で恋愛をしているのだと言う事は理解できるが、自身の感情としては1ミリも理解できない。こういうのを今ではアセクションとか言うそうだが、それに関しても診断を受けたわけではないから一応仮としておく(笑)


でも嫌いとか気持ち悪いは感情として十分に分かる。その中でも一番嫌いだったのが自分だったというわけだ。


上手く世の中を生きていくには、難しい人間なのは今では良く分かっている。


私は過去に何度か自殺未遂を起こした。手首にはまだ傷跡が消えずに残っているし、3回目だったか4回目の自殺はほぼ成功し呼吸が止まって、あの世の入り口くらい迄は行ってみた。

でも、帰ってきちゃったし、帰ってきてみたら、どうもそれまで目ん玉に引っ付いてた鱗をあの世に落としてきたらしい。


ここまでしても死ぬなってことは、もう少し生きてて良いってことなんだろう


意識が戻って、先ずそう思った。


それからもう10年以上経って、沢山病気は持ってるけど、不思議なことに元気に?生きている。まぁ人生しんどいことも多いし、辛くて嫌になることも多々あるけど、生きちゃいるんだよな。


ちゅうことは、まだなんか知らずに人生にやり残したことでもあるんだろう。


だから、なんとかんとか生きてるんだ。そう日々思うことにしている。

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